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COLUMN-コラム-

履正社が強くなった理由

履正社優勝しましたね。

4番の井上選手の外角の変化球をホームランにしたのは感動しました、、、

今回は選手ではなく履正社の岡田監督にスポットを当てて話をしたいと思います。

【理想の体現のためのトライ&エラー】

この2点が営業に活きそうなので、一緒に考えていきましょう。

履正社の岡田監督。

 1987年の春に履正社高校野球部の監督になったとき、部員は元陸上部、元卓球部、元体操部の3人を含めた11人だった。

専用グラウンドはまだなく、練習は放課後の校庭でラグビー部、サッカー部、そして当時あった軟式野球部らと共用で行なっていた。

なかなか野球部に100%強力してくれる環境ではなかったんですねー。それが全国優勝はなおさらスゴイ。ここから理想の体現をして行きます。

強力が無いなかから徐々に岡田監督に情熱に理解を示す者が出始め、専用グラウンドが2003年に完成。一定レベルの選手が集まるようになった。90年夏に大阪大会でベスト8入りし注目を集めると、97年夏、ついに大阪を制し甲子園初出場を決めた。

しかし、、、

ただ2度目の甲子園までは、それから9年を費やした。この時期、岡田監督の中でそれまでの指導法に行き詰まりを感じるようになった。厳しく、激しく追い込むことで選手の力を引き出していたが、そのやり方に疑問を抱き始めたそうです。

最初は選手を追い込むような追い込み方をしていた。

じつは、大学のときに『やらされる野球じゃダメ。限界がある』と気づいた。でも、いざ監督になって、この戦力で勝つには・・・と考えたら、高校時代と同じことをやってしまっていた」らしいです。

 その結果2002年、「行き過ぎた指導」により謹慎処分を受け、方向転換を決断した。

この頃僕も野球部に所属していましたが、体罰的なものはまだまだありました。

「謹慎になって『これは違う方法を考えなければ』と思い直し、、、

そこから選手たちがグラウンド内でもグラウンド外でも自分で考えて動けるように、今度はそこを”徹底”するようになったそうです。」

【トライ&エラーと理想の体現の始まり】です。

そして他の競合校との違いは、【寮生活】かどうか。

2年半同じ釜の飯を食う訳ですからそこから出てくる一体感は相当のモノ。通いの履正社高校がこれを克服するために、目をつけたのが【親との協力体制を整えること】

「子どもを思わない親御さんはいない。家族にコーチになってもらう」。

12月の保護者面談を習慣化し、自宅と学校の日常を交換し合った。1人で何役もこなした時代とは違い、神港学園(兵庫)の甲子園球児だった松平コーチが00年に着任し、01年から野球部長に。コーチやトレーナーなどスタッフも充実させ、保護者も巻き込む指導環境を作り上げた。

 こうして指導方針が転換されていくなか、2006年春に2度目の甲子園出場を果たすと、そこから10年間でじつに7度の甲子園を実現。

そして今年の夏の甲子園優勝。

それもまた3月に行われたセンバツで直接戦って負けた石川の星陵と試合をして、勝って日本一を決めました。

これもまた150キロを超える相手ピッチャーを打つために、ものスゴイ近い距離から味方のピッチャーに投げさせて、早い球に目を慣らすなどの工夫をして悲願の初優勝を成し遂げました。

最初は、(営業を初めたばかりの人も)どんなに努力しても成果の上げれる環境に無い場合があります。

でもその時に諦めず、何が必要かを考えて長期的に必要なモノを揃えて行ったらイイと思います。

実力も、人も、環境も。

その時に大切になるのは、どんなに嫌な思いをしても自分の勝てない相手と比べ何が足らないかを考えることなんじゃないかと思います。

岡田監督が甲子園で優勝するまで30年。。。

理想を叶えるため、絶えず理想と現実の差を考えて明確化して【トライ&エラー】を繰り返しましょう。

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